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大屋地爵士のJAZZYな生活

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伝説の歌姫の真実 ~ 映画「ストックホルムでワルツを」 ~

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久しぶりに「観るJAZZ」に取り上げる映画(DVD)を観た。前から観たいと思っていた映画、「ストックホルムでワルツを」(原題;Monica Z)。スウェーデンの伝説の歌姫で、スウェーデンの女性ジャズ・シンガーの元祖といってもいい、「モニカ・ゼタールンド/Monica Zetterlund」が世界的歌手に昇りつめるまでの、波乱に満ちた数年間に焦点をあて­たサクセスストーリー。同国のアカデミー賞にあたるゴールデン・ビートル賞で11部門­にノミネートされ、監督賞、主演女優賞など4部門を受賞しているという。

スウェーデンの小さな田舎町で、両親や5歳の娘と暮らすシングルマザーのモニカ。電話交換手の仕事をしながらジャズクラブで歌手活動も行なう彼女は、厳格な父親から「母親失格」の烙印を押されながらも、歌手としての成功を夢見て励んでいた。とある評論家(レナード・フェザー/Leonard Feather)に誘われ、ジャズの聖地ニューヨークでステージに立つという大きなチャンスに恵まれたモニカだったが、ニューヨークでのライブは大失敗に終わってしまう。「自分にしか歌えない歌」を追い求めるモニカは、英語ではなくスウェーデン語でジャズを歌うことを思いつく。

「映画「ストックホルムでワルツを」予告編」



モニカを演ずるのは、「エッダ・マグナソン/Edda Magnason」。私は知らなかったが、スウェーデンの歌姫で、この映画が女優デビューだったという。どうりで上手いはず。すべての歌を吹き替えなしでエッダ自身が歌っている。なかなかの歌い手で、演技とともにモニカの雰囲気を上手く出していた。モニカがスウェーデン語でジャズを歌うことを思いつくシーンで歌われていたのは、「歩いて帰ろう」。(埋め込み不可のため次をクリックしてください。「Edda Magnason - Sakta vi gå genom stan (Official Video) 」

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「モニカ・ゼタールンド/Monica Zetterlund」。1937年生まれ。父親がテナーサックス奏者、母親がベーシストという音楽一家に生まれ、幼少の頃から音楽に親しみ、19歳でデビュー。 59年には渡米、「スティーブ・アレン・ショー/Steve Allen show 」に出演し、世界的に広くその名が知られるようになったという。1964年、モニカが27歳のとき、ヨーロッパ・ツアーでストックホルムに立ち寄った「ビル・エヴァンス・トリオ/Bill Evans Trio」と録音した 「ワルツ・フォー・デビー/Waltz for Debby」が世界的にブレイク。その後、彼女は女優、歌手として90年代前半まで現役で活躍したが、2005年5月12日に亡くなった。享年67歳。自宅のベットでの寝タバコが原因で火事になり、焼死体で発見されたという。しかも、火事を通報したのはモニカ本人で、その時「こんな事で死にたくないわ」と言ったという。あまりにも無残で悲しい最期だった。(Wikipedeaなど、参照拙ブログ「スエーデン美女シンガー図鑑(その4) ~モニカ・ゼタールンド~」

そのアルバム、「ワルツ・フォー・デビー」の時の「エヴァンス・トリオ」は、「チャック・イスラエルズ/Chuck Israels (b)」、「ラリー・バンカー/Larry Bunker (d)」。そして「ワルツ・フォー・デビー/Waltz for Debby」は、「Monicas Vals(モニカのワルツ)」とスウェーデン語表記され、スウェーデン語の歌詞で歌われている。

ワルツ・フォー・デビー+6

モニカ・ゼタールンド・ウィズ・ビル・エヴァンス / ユニバーサル ミュージック クラシック



「Monica Zetterlund with Bill Evans Trio -Waltz for Debby」

          

そして、映画でも使われていた「テイク ファイヴ/Take Five」にスウェーデン語の歌詞をつけ歌った「I New York」。

「Monica Zetterlund-I New York」

          

スウェーデンの伝説の歌姫で、「モニカ・ゼタールンド」の半生が活き活きと描かれ、その前向きな生き方に共感できた久々の「観るJAZZ」であった。




 
by knakano0311 | 2015-04-01 10:38 | 観るJAZZ | Trackback | Comments(2)