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大屋地爵士のJAZZYな生活

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我が家のフジ子・ヘミング

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 我が家のリビングに一枚の絵が飾ってある。「母の贈りもの」と題された、シルクスクリーンの絵。ピアニストの「フジ子・ヘミング」さんの絵である。たしか定年した頃、記念にと神戸・北野町のギャラリーで求めた絵である。

 彼女の熱心なファンだったというわけではないが、彼女の壮絶な人生を描いたNHKドキュメント番組、「フジコ~あるピアニストの軌跡~」(1999年放映)は見ていたし、2枚ほどのCDを持っていた。「定年の記念になるような絵が欲しい、それも音楽が関わるような ・・・」と思っていたところ、たまたま訪れた北野町のギャラリーでこの絵に出会ってしまった。以来、男の子3人で、女の子には恵まれなかった私たち夫婦にとって、孫娘ができるまでは、娘のような感じでずっと見てきた。

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 そして、2月24日放送のNHK「ファミリー・ヒストリー」、今回のゲストは、「魂のピアニスト」と称賛される「フジコ・ヘミング」さん。ピアニストの「大月投網子(おおつき・とあこ)」さんとスウェーデン出身のデザイナー、「ジョスタ・ゲオルギー・ヘミング」さんとの間に生まれたフジコさんの、ファミリー・ヒストリー。

 「ヘミング,フジ子(フジコ)」。 本名は「Ingrid Fujiko v.Georgii‐Hemming/イングリッド・フジ子・ゲオルギー・ヘミング」。ドイツで暮らしていたヘミング一家は、第二次世界大戦の前、日本にやってきた。しかしまもなく、両親は不仲になり、父は一人、日本を離れた。戦後、母はフジ子さんをピアニストにしようと、女手ひとつで懸命に働く。そんな母親の強い思いを受け、フジ子は17歳でデビュー・コンサートを果たす。東京音楽学校在学中には、音楽賞などを多数受賞、28歳でドイツに留学。ベルリン国立音楽大学を優秀な成績で卒業し、指揮者の「ブルーノ・マデルナ」に才能を認められ、「レナード・バーンスタイン」などからの支持もあり、ソリストとして契約。

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 しかし、リサイタルの直前に風邪をこじらせ、聴力を失い、全てのコンサートをキャンセルするというアクシデントに見舞われる。耳の治療のかたわら、ピアノ教師をしながら、ヨーロッパ各地でコンサート活動を続け、1995年に帰国。そして、それまでのフジ子のピアニストとしての軌跡を描いたNHKのドキュメント番組が大きな反響を巻き起こし、デビューCD、「奇蹟のカンパネラ」(1999)は、クラシック界では異例の90万枚以上の売り上げを記録した。しかし母、投網子さんは、フジ子さんが成功をする姿を見ることなく、亡くなってしまった。1993年、投網子没、享年90歳。

 番組を見て、改めて、母と娘の縁(えにし)、葛藤、絆を感じる。またしばらく新鮮な目で、あの絵を眺めながら暮らせる。

 冒頭の絵、「母の贈りもの」は、イラストを担当した初めての絵本、「紙のピアノの物語」の中の一枚。私の書棚に、彼女のエッセイ、「天使への扉 」(知恵の森文庫)と並んで置いてある。ふたりだけのつつましい生活を送くる母と少女の物語。ピアノが大好きな少女のために母が与えたのは、紙のピアノ。そんな紙のピアノがおこす奇跡とは ・・・?。

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 紙のピアノの物語
 フジ子・ヘミング (著),松永 順平 (原著)
 講談社






彼女の演奏。2ndアルバム、「憂愁のノクターン」(2000)にも収録されている「ショパン」の「ノクターン」。

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 憂愁のノクターン
 フジ子・ヘミング
 ビクターエンタテインメント





「フジ子・ヘミング - ノクターン第2番/ショパン」  
          


    


by knakano0311 | 2020-02-25 17:31 | 音楽のチカラ | Trackback | Comments(0)