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大屋地爵士のJAZZYな生活

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続・春の五月山界隈を歩く

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(前回からの続き)

「小林一三」翁所縁の施設を後にし、緩い坂を阪急池田駅方向へと下ると、交わるのが旧「能勢街道」。現在の大阪市北区中津から池田市を経て妙見山の能勢妙見堂に至る旧街道である。

池田や能勢で産する酒や布、木材が、この街道によって大坂へ運ばれ、また能勢から更に奥へと続く丹波国の米、栗、炭、銀、銅などの搬出路でもあった。また街道終着地で、いまでも信仰を集める「能勢の妙見さん」をはじめ、沿道には「服部天神宮」、「東光院(萩の寺)」、源氏発祥の「多田神社」などの社寺が並び、街道筋から少し離れているが、安産祈願の宝塚「中山寺」、勝運の寺として信仰を集める箕面「勝尾寺」などを含めての参拝路としても賑わいを見せたという。

そんな旧「能勢街道」、「めんも坂」と呼ばれる場所にあるのが、天保十二年(1841年)創業という老舗の和菓子屋の「福助堂」。その外観もいかにも老舗といった懐かしい佇まいの和菓子屋である。名物の「でっち羊羹」や「さくら餅」など色鮮やかな春の和菓子などを買い求めた。

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いったん池田駅まで下り、昼食をとってから「ほんまち通り」へとむかう。池田市が町興しのために活性化を図っている通りで、設計に「辰野金吾」がかかわった1918年建築の赤レンガ造りの旧「加島銀行」や復興された大衆演劇の「池田呉服座(いけだごふくざ)」、「落語みゅーじあむ」など、風情のある街並みが続く。

「呉服座」は、もとは猪名川に架かる「呉服橋(くれはばし)」の堤に明治初年ごろに建てられた芝居小屋だったという。昭和44年(1969年)の興行を最後に幕を閉じ、その建物は愛知県犬山市の明治村に移築され、江戸時代の劇場建築をのこす重要文化財となっている。現在の「池田呉服座」はかっての映画館跡を改装し、2010年(平成22年)に再現、オープンし、大衆演劇の芝居小屋として繁盛している。

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「落語みゅーじあむ」は、「池田の猪買い」、「池田の牛ほめ」などで、上方古典落語の舞台となっている「落語のまち池田」に、市立の上方落語資料館が平成19年(2007年)に開館した。1階のイベントホールでは、ほぼ毎月、落語会が開催されている。そのほか、老舗の「吉田酒造」の屋敷、鐘楼が目を惹く「西光寺」、創業元治元年(1864年)という、うどんの「吾妻」、かっての「池田実業銀行本店」で、1925年に建設された洋館建築の「いけだピアまるセンター」など、この界隈を歩いていると、まるで昭和の初期にでもタイムスリップしたように感じる。 

約3時間、ゆっくりと春の五月山界隈の街歩きを楽しんだ一日。

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櫻の季節なるといつも聴きたくなるアルバムがある。華やかさ、切なさ、儚さ、優しさ、美しさ、潔さ、妖しさ、音の間に潜む翳り、静けさなど日本的情感をこの上なく刺激するからだろうか? ノルウェーのピアニスト、「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen」。アルバムは「Changing Places」。たしか2008年の冬に初めてこのトリオを知ったと思う。あくる年の春、「吉野の櫻」、「勝持寺の西行櫻」、「常照皇寺の九重の櫻」など近畿の櫻を追いかけた日の夜によく聴いていたアルバムである。その時のブログを見ると、『このCDに集約された、はかなさ、ロマンへの傾倒ぶりは、西行の櫻への耽溺ぶりとも共通するものを感じる。或いは、いまだ春来ぬノルウェーの大地の春への希求の呻きにも・・。』と記してあった。(参照拙ブログ「櫻狂い(2) ~一目千本・吉野の櫻~」) 

Changing Places

Tord Gustavsen / Ecm Records



「Tord Gustavsen Trio - Graceful Touch」を再掲 ・・・。

          
by knakano0311 | 2013-04-03 10:10 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

早春の能勢街道、池田界隈を歩く

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車の一年点検。いつものディーラーに車を預けて、池田市、猪名川近辺を散策に。この近辺には、応神天皇の時代に、我が国に裁縫、機織、色染めの技術を伝えたといわれる二人の媛、「呉服媛(くれはとりひめ)・穴織媛(あやはとりのひめ)」にまつわる伝説、史跡、地名が多く残っていることは以前のブログでも書いた。(参照拙ブログ「猪名川に沿って (続き)」「二人の媛へ ・・・」) 猪名川堤防沿いに歩くと、媛たちの乗った船がついたといわれる「唐船ケ渕(とうせんがふち)」から、「呉服媛」の所縁の橋、「呉服(くれは)橋」とさしかかる。この橋のたもとには、池田が丹波篠山地域の物産の集積地として栄えていたころの明治初年に建てられた芝居小屋「呉服座(くれはざ)」があり、庶民の娯楽として大変な活況を呈していたという。昭和44年、愛知県犬山市の明治村に移築されたが、最近町興しの一環として再建され、大衆演劇の小屋として賑わっているようだ。また池田市は、上方落語の名作「池田の猪買い」の舞台でもあることから、「呉服座」の向かいには、同じく町興しとして「落語みゅーじあむ」も建てられ、寄席もかかっている。

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・・と散策も一段落したところで、国道173号線、旧能勢街道沿いの饂飩(うどん)の老舗「吾妻(あづま)」で昼食。なんと創業「元治元年(1864年)」というから、もう150年近く商いをつづけ、大阪では一番古いうどん店と言われている。ここの名物は、極細麺にあんかけの「ささめうどん」。これがめっぽう美味いのだ。あんかけ仕立ての出汁にすり胡麻とおろし生姜が風味を引き立て、具には刻み揚げ、蒲鉾、塩昆布、三つ葉。冬の寒い日に体を温めるには最高。この日も4月なのに肌寒い日だったが、これを食べてすっかり温まった。

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この国道は、大阪から能勢を経て丹波篠山へ抜ける国道であるが、古くは「能勢街道」とよばれた、妙見山の無漏山真如寺(能勢妙見宮)に至る旧街道と重なっている。池田や能勢で産する酒や衣類、木材がこの街道によって大坂へ運ばれ、更には能勢から奥に続く丹波国の米、栗、炭、銀、銅などの搬出路でもあった。あの饂飩屋もその昔、この街道を行き来する旅人たちの疲れや飢えを癒したのであろう。街道は現在、車の通行量も非常に多く、すっかりかわってしまったが、まだそこかしこに昔の街道の面影が残っている。歴史的建造物の多い路地の一角にひっそりと佇んでいる西光寺、吉田酒造付近もそんな一角。

「西光寺」。天文15年(1546年)京都・知恩院の徳譽上人の嫡弟・満譽祐圓が諸国遊説の途中、この地に宿泊し、一堂を建立したのに始まるという。元禄9年(1696)誠譽が再建し、今に至る浄土宗の古刹。傍らには、江戸時代中期に活躍した池田出身の力士、「猪名川政右衛門」の碑がある。池田の酒造業、多田屋に生まれたといわれる「猪名川政右衛門」は、宝暦5年(1755年) に藤島部屋に入門、その後小結まで登り詰めた。人柄や取り口から人気を得、浄瑠璃「関取千両幟」の主人公のモデルとなるなど、当代きっての花形力士であったという。

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また、池田市は「呉春」や「緑一」といった銘酒の酒蔵が今もあるように、かっては酒の産地としても名高かったようで、明暦3年(1657年)には、ここ池田の地に42軒の造り酒屋があったそうである。その銘酒「緑一」を醸造しているのが「吉田酒造」。元禄十年(1697年)、「加茂屋平兵衛」が創業、今日に至るまで300年以上続けられてきた。 その「うだつ」があがった国登録有形文化財に指定されている豪壮な屋敷が西光寺の向かいにある。いまは庭先に梅が満開。まるで江戸か明治の昔にタイムスリップしたような錯覚に陥る路地の一角であった。

「♪ コートをつかんで帽子を持って 悩み事なんか玄関のところに置いて さあ、日差しの明るい通りに 足を向けてごらん ・・・ ♪」と元気いっぱいに歌うのは、昔も今も元気印の「シンディ・ローパー/Cyndi Lauper」。大の親日家として知られる彼女は、去年の日本ツアーの最中に大震災にあったが、帰国することなくツアーを続けた。そして、一年後の今年、震災地の人々に元気を届けるため、再びツアーにやってきた。1953年生まれ、今年59歳になるが、明るさいっぱいの元気おばさん。そんな彼女が2003年リリースしたのが、50歳を機に、幼少の頃に聴きながら親しんでいた、1940年から1960年代のヒット曲をカバーした初のカバー・アルバム、「アット・ラスト/AT LAST」。

At Last

Cyndi Lauper / Sbme Special Mkts.



「日差しの明るい通りで/On the sunny side of the street」はそこに収録されている。お日様の下に飛び出してみようかなという気にさせますね。

「Cyndi Lauper ― On the sunny side of the street」
                                                                                                                                   
          
                        


                                                                                                                                         
by knakano0311 | 2012-04-02 22:36 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

小春日和には

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昨日の冷たい土砂降りの雨は一転して、今日は雲は垂れ込めているが、陽が顔を出す小春日和。車の6か月点検とメンテをお願いしている間に、猪名川岸をウォーキング。今年はいつまでも暑かったためか、五月山は色づき始めているが、例年のような燃えるような赤は見られない。休日、小春日和、ウォーキングやランニングを楽しむ人、少年野球やサッカーの練習の声、鉄橋を渡る阪急電車、水辺に遊ぶカモたち。何の変哲もない日常的な普通の光景。すべてが穏やかで好ましい。

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妙見さん、丹波へと通ずる古くからの街道、今は国道173号線となっている「能勢街道」を歩いていくと、いつごろ建てられたのかは分からないが、古い洋館づくりの家、うだつの上がった古民家、創業は江戸時代という饂飩屋、かっては盛んであった林業のための道具屋、洋品雑貨屋、かって銀行だったレトロな建物などが和洋折衷というか、新旧混在というか、ちょっと変わった雰囲気を味わえるので、少々車の音が喧しいが、お気に入りのウォーキング路となっている。

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そんな、街道の雑貨屋さんの店の脇にあった大きなブーツのオブジェ。石膏か粘土で造ったものみたいだが、相当にでかい靴である。さりげなく鉢がわりに使っているところが面白い。約1時間ちょっとの猪名川ウォーキング。日が翳って少し寒くなってきたので、暖かい昼食をと、前に見つけた「うどん研究所」へと駆け込んだ。

こんな穏やかな日に聴きたいのは、前回に続く「アジアの癒し姫」の二人目、「ジャシンサ/Jacintha」。中国人の母とインド人の父を持ち、シンガポールで活躍しているJAZZボーカリスト。何枚ものアルバムがリリースされているが、彼女の天性の美声とSACD仕様の録音の質の良さで、オーディオ・ファンはシステムのチェック用にしているという。私は普通のCDデッキを使っているが、それでも、その録音の良さは特筆といえる。振幅の大きなヴィブラートを特徴とし、「レスター・ヤング/Lester Young」や「コールマン・ホーキンス/Coleman Hawkins」と並んで、モダン・ジャズ・テナー・サックスの祖と称された「ベン・ウェブスター/Ben Webster」をトリビュートしたアルバムが「Here's to Ben」。「The Look Of Love」、「Stardust」、「Tenderly」などのスタンダード曲が続くが、圧巻は「Danny Boy」。「ア・カペラ」で歌いはじめ、その吐息が感じられるほどの臨場感と、鳥肌が立つほどの歌唱力に圧倒される。

Here's to Ben

Jacintha / Fim [1st Impression]


注)上記のアルバムはSACD/CDのハイブリッド仕様なので普通のCD再生機で再生可能である。

「Jacintha / Danny Boy」
 
          


 
 
 
by knakano0311 | 2011-11-21 10:46 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

猪名川に沿って (続き)

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さて、帰りは猪名川左岸を並行して走っている国道173号線を歩くことに。この国道は、大阪から能勢を経て丹波篠山へ抜ける国道であるが、古くは「能勢街道」とよばれた、妙見山の無漏山真如寺(能勢妙見宮)に至る旧街道と重なっている。池田や能勢で産する酒や衣類、木材がこの街道によって大坂へ運ばれ、更には能勢から奥に続く丹波国の米、栗、炭、銀、銅などの搬出路でもあった。現在は、車の通行量も非常に多く、車優先のための拡張工事やなにやらですっかりかわってしまったが、まだそこかしこに昔の街道の面影が残っているので、そんな町並みを楽しみながら、戻ることにした。

呉服(くれは)橋を池田市側に渡りスタート。この池田市は、上方落語の名作「池田の猪買い」の舞台でもあり、呉服橋の近くには町おこしの「落語ミュージアム」も建てられている。またこの付近には、呉服神社、絹延橋(きぬのべばし)などの地名も残り、その昔、養蚕技術や機織技術をもった朝鮮半島からの渡来人たちが住み着いていたことを推測させる。173号線、能勢街道を北へと向かうのであるが、右手、東側は、すぐに斜面が立ち上がっている五月山である。五月山公園は大阪有数の櫻の名所でもあり、また付近には、室町時代から戦国時代にかけ、この近辺を支配していた豪族・摂津池田氏により、築城された池田城跡や阪急グループ、宝塚歌劇の創始者「小林一三」翁が蒐集した5000点に及ぶ美術品や茶道具の個人コレクションを収めた逸翁美術館がある。

この街道筋で出会ったレトロな建物やお店をギャラリー風に・・・・。こんな建物やお店がまだ現役で街の中に息づいているのを見ると、本当にうれしくなってしまうのだ。

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創業元治元年(1864年)のうどん屋さん「吾妻(あづま)」。ここの名物あんかけの「ささめうどん」がめっぽう美味いのだ。冬の寒い日に体を温めるには最高。多分その昔も街道を行き来する旅人たちの疲れや飢えを癒したのであろう。旧池田実業銀行本店。1925年(大正14年)に建てられたもので、重厚さを残しつつ、派手さを抑えた大正時代末期の銀行の面影を残している。当時の池田市の繁栄振りが偲ばれる建物。大正12年(1923年)創業の食堂。その構えをみただけで、美味そうなカツ丼を食わせてくれそう。

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こちらは「創業百余年」の看板が揚がっている豆腐屋さん。手作りの豆腐なので、近辺の限られた食料品店でしか手に入らないが、ここの豆腐も実に美味い。そして、創業320年を誇る提灯屋さん。320年続いている提灯屋さんも凄いが、いまだに手作りの提灯を使っているお客さんがいるということも凄いと思うのだ。能勢、丹波は「農」と「林」の国。いまだに美しい里山が保たれている。そんな農作業や林業に必要な数々の道具を売っている店が何軒かあるのだ。店先にずらりと並べられた鋤、鍬、鎌、鉈などその道具の形も美しいし、「とぎ」と書かれた看板もおもしろい。

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この街道筋を中心とした商いで財を成した人のお屋敷だろうか、レンガ造りの洋館と黒塀、数寄屋造りの純和風の建物をくっつけた和洋折衷のお屋敷が建っている。裏へ廻ってみると、まるで明治か大正時代へタイムスリップしたような光景が目の前に現れた。

変化に富んだ水辺と歴史の残照が残る町並みを楽しんだこの日の猪名川ウォーキングは約2時間の行程であった。ゆっくりと眠れそうな心地よい疲れが後に残る、こんなウォーキングが私は大好きである・・・。

かってシカゴからLAへアメリカを横断していた国道は「ルート66」。今はハイウェイに取って代わられ、もはや地図の上からはなくなってしまい、いまは、ヒストリカル・ロードとして観光名所になっている。車やバイクで、かっての「R66」を走るシニア世代の日本人が最近絶えないという。そう、この「R66」には、あのTV映画に映し出された、まぶしいくらいに輝いて見えたアメリカへの憧れがこめられ、我々世代は、それを郷愁として、いまだにひきずっているのである。でっかいオープンカーのアメ車でR66を飛ばしてみたいという思い、よくわかるなあ・・。主題歌「ルート66」は、元々は「ナット・キング・コール」が歌い、日本でも大ヒットした歌。自らのギターとボーカルで、コールと同じピアノ、ベースを加えた編成のドラムレス・トリオを率いる「ジョン・ピザレリ」が、コールに捧げたアルバム「ディア・ミスター・コール」から。スイング感溢れる楽しさいっぱいの快演が見事。

ディア・ミスター・コール

ジョン・ピザレリ / BMGビクター



「John Pizzarelli - Route 66」

          

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そういえば、能勢街道にあった輸入雑貨の店先に、GMの破綻によってそのブランドの行方が注目されている、もっともアメ車らしい車ともいえる「ハマー」が880万円の値をつけて飾られていた。
by knakano0311 | 2009-10-23 16:52 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

猪名川に沿って

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絶好のウォーキング日和。久し振りに兵庫県と大阪府の境を流れる猪名川の河川敷に沿って歩いてみた。猪名川は、丹波高地の大野山(兵庫県川辺郡猪名川町)に源を発し、大阪国際(伊丹)空港の西側をかすめて神崎川と合流、大阪湾に流れ込む全長43.2 kmの川である。かっては、夏は遊泳や冬の凍った川でスケートなどが楽しめ、また河原で友禅を洗う風景も見られたというが、やがて特に下流域での水質汚濁が激しくなり、そんな姿も見られなくなっていった。たしか全国でもワーストのランクに入っていたのではないだろうか。しかし、行政や関係者の努力でかなり改善されてきたと聞く。最近では、河川敷も整備がされていて、水辺りまで市民に開放されている。
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飛び石状に作られた堰を渡って、対岸へ渡り、ウォーキングを開始。何箇所か設けられているこのタイプの堰は、水を完全に堰き止めるのではなく、飛び石の間に川は流れているので、専門的なことはよく分からないが、魚類の生息にもいいような気はする。この飛び石づたいに川を渡る、これが以外なことに自由な開放感があって大変爽快である。「水に近づく」ということは危険である反面、人間の根源的なところに快感や刺激を与える何かがあるのかもしれない。
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「ビッグハープ」と名づけられた高速道路の美しい吊り橋の下では、釣り糸をたれて鯉を釣るおじさんの姿。聞けば90cmクラスの大物が釣れるという。毎日のようにここで鯉を釣ることを楽しみにしているそうで、何回か大物も釣ったことがあるが、いずれも放流したという。また、週末土曜日とあって、河原にはBBQ(バーベキュー)を楽しもうという若者や家族連れが多く見られた。「BBQ禁止」の看板がなかったところを見ると、利用する市民の側もちゃんとルールやマナーを守っているのであろう。市民の自覚や協力なくして、水辺のいい環境も、憩う自由も得ることはできないのである。

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そして水質の浄化が進んできた証拠なのか、多くの水鳥たちが餌を探したり、泳いでいる。そのなかでも、ただ一羽、超然と佇んで、川面を見つめる鷺(さぎ)の姿が大変印象的であった。
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猪名川を渡る阪急電車の鉄橋付近まで歩いてくると、そこの河原にはコスモスがいっぱい咲き乱れている。もうすこし秋が深まれば、水辺りであそぶ子供達の姿もめっきり減ってしまうのであろうが、今は暖かな日差しの中で、堤防に腰をおろし、水面にきらめく太陽の陽の光に眼を細め、子供達の歓声を聞きながら、しばしの休息をとった。


マリー・ラフォレのステージの音楽監督や数々の映画音楽を手がけ、それなりの地位を築いたのに、一転アマゾンのジャングルで原住民と暮らし、音楽的啓示を受けたアーティストがいる。ブラジル出身のギタリストでピアニストの「エグベルト・ジスモンチ/Egberto Gismonti」。猪名川のきらめく水面を見ながらふと思い出した。盲目の信仰、鋭いナイフ、孤独の舞い・・といった曲のタイトルからも感じられるように、アコースティックなサウンドがアマゾンの密林に根ざした原住民の原始の宗教、祈り、あるいは讃歌といったものを感じさせる。

輝く水

エグベルト・ジスモンチ / ユニバーサル ミュージック クラシック



   (つづく)
by knakano0311 | 2009-10-22 20:59 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)