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大屋地爵士のJAZZYな生活

タグ:道祖神 ( 5 ) タグの人気記事

続・私の中の原風景 ~ 野の仏 鎮守の森 祭りの記憶 ~

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 帰省しても日課のウォーキングをできるだけするようにしている。実家付近にもお気に入りのコースがいくつかあって、今回のような空気が澄んで、天気のいい日は、林檎園、葡萄園からの北アルプス眺望を満喫し、道祖神、六地蔵、馬頭観音などの野の仏に会釈、鎮守の社に参拝。そして山辺葡萄のワイナリー、そこに併設されている地元の農産物を売る市場を回るコース。

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 今回のコースにある鎮守の社は違うが、ほかのコースにある近辺のいくつかの神社は、諏訪の「諏訪大社」の末社であり、それゆえ全国的に有名な「諏訪大社」の「御柱祭り」より1年遅れて、各末社で「御柱祭り」が行われる。山から御柱になる木を伐り出し、里まで下ろし、村内を引き回すという「諏訪大社」と同じ神事である。今年の4月末から5月にかけてが、ちょうどその日であった。そんな祭りへの協力のお礼が市場に貼ってあり、多分もう何百年と続いている「御柱祭り」と地元との結び付きの強さと同時に、やはり過疎化により実施が難しくなっていることも感じる。しかし、7年に一回の祭り、なかなか帰省とタイミングが合わず、わたしも過去3回ほどしか見たことがない。

 蛇足であるが、松本近辺は諏訪大社の影響下にあり、武田氏が諏訪を手中に収めると同時に松本も武田支配となった。そんなことが上杉支配の北信・長野地方との長い間の長野県における「南北戦争」の地政学的な原因となっている。

 そんな今も連綿と続いている歴史、信仰に根付く生活を実感するウォーキング。そんないつもと全く違うウォーキングも楽しい。

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 さて、今宵のピアノトリオは、「トリオセンス/Triosence」。なにかお笑いグループのような名前であるが、「ベルンハルト・シューラー/Bernhard Schüler (piano)」、「Matthias Nowak/マティアス・ノヴァク(bass)」、「ステファン・エーミッヒ/Stephan Emig (drums)」によって1999年に結成されたドイツのピアノ・トリオ・ユニット。

 哀愁の美メロとリリシズム、そして心地良いドライブ感、アルバム、「First Enchantment」(2002)で衝撃デビューした新星ユーロ・ピアニズム。牧歌的なジャケットのアルバムが多いが、その一つ、「When You Come Home」(2008)からいくつか。

When You Come Home

Triosence / Sony Bmg Europe



「Triosence - Recording of triosence When You Come Home in Oslo」

          

「Triosence - a far off place」

          

「Little Romance - Triosence」

          
by knakano0311 | 2017-06-07 10:38 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

愛でる人なき秋の庭

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半日かかってどうにか実家の草刈を終える。小春日和のため、草刈り機も使ったが、汗だくである。しかし雑草を刈ると、今まで見えにくかった紅葉の赤や、花の黄色が鮮やかに目立つようになった。といっても、愛でる人はもういない庭。少し哀しい。

実家近くをウォーキングしていてその鮮やかな青に目を奪われる。「ヤマブドウ(山葡萄)」に似ているが、我が遊びの山でも見かける「アオツヅラフジ(青葛藤)」でしょうか。

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それにもまして、鮮やかに目に飛びこんで来るのは、どこを歩いていても一望できる北アルプスの峰々。私に登山の趣味はないが、それでも、燕岳、八方尾根、上高地、乗鞍岳 ・・・、数少ないが訪れた山を思い出す。両親が亡くなり、妹も去年他界し、近しい親戚もほとんどいなくなってしまったこの故郷に、後どのくらい訪れるだろうか ・・・。

真っ赤な林檎が鈴生りの林檎畑、その脇に野菊にうもれて道祖神や観音菩薩が微笑んでいた。いつもながらの風景であるが、先祖代々この地に暮らしてきた人たちの心の証でもある。

さて、今宵の故郷ソング、「坂田明」の「家路」。ドボルザークの有名なシンフォニ­ー「新世界」から。メンバーは、坂田明(Alt Saxl)、黒田京子(Piano)、バカボン鈴木(Wood Base)。 どちらかというと 前衛ジャズ的なイメージのある「坂田明」ですが、何の何のこんな叙情的なサックスも吹くのです。

赤とんぼ

坂田明 mii / インディペンデントレーベル



「坂田明 - 家路」
 
          



 
by knakano0311 | 2015-11-18 17:25 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(3)

土蔵が連なる小道を歩く

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実家で過ごしていても、できるだけウォーキングをするようにしている。父親は普通のサラリーマンであったが、実家の付近は、林檎と葡萄を中心とした果樹園が多く、きっとかっては裕福な農家だったんでしょう、大きな門構えと土蔵を設えた屋敷が連なっている。

今住んでいる大都市近郊の住宅地ではなく、田園風景が広がる田舎の里山の裾野。そんな小道をウォークングするのが楽しい。道の脇には、この近くのあちらこちらにある道祖神や馬頭観音など素朴な野の仏や神を見るのも楽しい。屋敷の塀越しに見える梅が、春を待ちかねたように、ほころび始めていた。(道祖神については拙ブログ「祈りのかたち ~路傍の神「道祖神」~」参照して下さい)

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さて、ここしばらくトランペット、サックスとホーン奏者を続けていますが、今日取り上げるのはお久しぶり、その名前の由縁でもあるスライド・トロンボーンをダイナミックに吹きまくり、ヴォーカルもするスウェーデンの美人姉妹のトロンボーン・デュオ、「スライディング・ハマーズ/Sliding Hammers」。

1997年に「ミミ/Mimmi Hammer(姉)」と「カリン・ハマー/Karin Hammer(妹)」が結成。 この「スライディング・ハマーズ」は、かって1950年、60年代を通じて大活躍したスター・トロンボーン・デュオ、「J & K(J.J. Johnson & Kai Winding/ジェイ・ジェイ・ジョンソン&カイ・ウインディング)」のジャズ・スピリットを志しながらも、オリジナル曲にも取組み、とても女性とは思えないような、抜群のテクニック、軽やかでヴィヴィッドな演奏、しかも美人デュオ、まさに往年の「J & K」を思わせるような演奏ぶりである。(参照拙ブログ「トロンボーンが好き、美人はもっと好き」「スエーデン美女シンガー図鑑(その7) ~スライディング・ハマーズ~」

キュートでチャーミングな「ミミ・ハマー」のヴォーカルを全編にフィーチャーし、大好評を得たアルバム、「シング/Sing」(2008)。

シング

スライディング・ハマーズ / インディペンデントレーベル



「Sliding Hammers - I'll Close My Eyes」

          

「I wish you love - Sliding Hammers」

          

やはり、絵になるライブ映像が見たくなるのが人情でしょうか。2007年のジャズ・フェスの映像から。

「Sliding Hammers - Trombone ballad」

          
by knakano0311 | 2015-03-19 12:58 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

冬が来る前に ・・・

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風が吹くと、真っ赤に色づいた葉が、まるで吹雪のように舞い落ちてくる。故郷・松本。紅葉ももう終わりの時期を迎えているのだ。「冬が来る前に ・・」と母親の顔を見にやってきたが、多分、今年最後の帰省となろう。いつものように朝、実家の近辺を散歩する。いつもながらのことであるが、「目にも鮮やか」とはこのことを言うのであろう。全山が言葉を失うくらい美しく色づいている。やはり、故郷の紅葉が、私の想いこみもあってか一番美しい。いつもの散歩コースの一番奥、山の際には写真のような光景。仕事の場である果樹園や畑、憩いの場、暮らしの場としての家、先祖を弔う場の墓地とが、ひとつになって、一面の「赤」の中にひっそりと佇んでいる。こんな風景を見ると、50年近く前に故郷を離れ、都会で企業に就職し、そこで定年を迎えた私の感傷として、先祖代々営々と続いてきた人の営み、その歴史、あるいは土地に根差している人の強靭さというものを感じてしまうのである。

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紅葉や真っ赤に熟れた林檎の畑、もう枯葉ばかりになってしまった葡萄園の中を抜けていくその散策路の傍らには、古からの村人が、村落や家々の平穏無事を祈って村の結界に置かれたのであろう、いくつもの野の仏や道祖神が、ひっそりと佇んでいる。この仏たちを見ると、やはりまた、この土地にずっと暮してきた人々に思いを馳せてしまう。実家の隣村の鎮守様から、細い道を下ってくると、古い土塀が朝日に明るく映えていた。

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さて、帰省で少し感傷的になったところで、今宵のピアノは「ジョバンニ・ミラバッシ/Giovanni Mirabassi」。何人かいる私のご贔屓のイタリア出身のジャズ・ピアニストの中でも、その哀愁、そのガッツでは、「エンリコ・ピエラヌンツイ」と並んで双璧をなすピアニスト。1970年、イタリア・ペルージャの生まれ。3歳よりピアノを始め、10歳の頃、ジャズに興味を持ち自己流で勉強を始めたという。17歳で「チェット・ベイカー」と共演、1992年からはフランスを拠点に活動するヨーロッパ最有力のピアニストである。(参照拙ブログ「もしもピアノが弾けたなら(19) ~たどり着いた一里塚から~」など)

私も聴いたときは衝撃を受けたのだが、2001年に発表したソロ・ピアノによる反戦歌、革命歌集「Avanti!」で、フランス・ジャズ界最高の栄誉である「ジャンゴ・ライハイルト賞」の「最優秀新人賞」を獲得した。彼は最も影響を受けた音楽家として、同じイタリアが生んだ偉大なジャズ演奏家、「エンリコ・ピエラヌンツィ」をあげている。2007年11月には、それまで支援を受け日本での知名度も上がってきた「澤野工房」からレーベルを変え、ニュー・アルバム「新世紀」を発表した。その後、「ブルーノート東京」でのライブ盤などのリリースはあるが、どうもパッとしない印象がある。「澤野工房」時代の「冴え」や「切れ」を持ったあのミラバッシはどこへいってしまったのであろう ・・・。

そんな彼を懐かしむアルバム「プリマ・オ・ポワ/Prima O Poi 」から「ハウルの動く城のテーマ」。「宮崎駿」のアニメのテーマ曲である。なぜ、ミラバッシがこの曲を取り上げたかは分からないが、シャンソン歌手「クミコ」によって、「人生のメリーゴーランド」というタイトルで歌われたのでご存知の方も多いと思う。   


プリマ・オ・ポワ

ジョバンニ・ミラバッシ・トリオ with フラビオ・ボルトロ / ビデオアーツ・ミュージック




「Giovanni Mirabassi - Howl's Moving Castle」

          
 
by knakano0311 | 2012-11-10 14:10 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

祈りのかたち ~ 路傍の神「道祖神」 ~

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私の故郷である信州・松本や安曇野の野辺にはたくさんの道祖神(どうそじん)があることで知られている。写真のものを始め、実家の近辺にも、5、6体の道祖神があり、ウォーキングの際の楽しみともなっている。松本市には、旧農村部に約370体、安曇野市には、約400体の石像道祖神があり、日本でも有数の道祖神地域であるそうだ。

しからば、道祖神とは何であろうか? 「路傍の神」である。集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに置かれているが、その起源はよく分かっていないようである。集落と神域(常世や黄泉の国)を分かち、過って迷い込まない、禍を招き入れないための結界という説もあり、主に石碑や石像の形態で祀られる。男女が遠慮がちに寄り添って立つもの、何気なく手を握るもの、堂々と腕を組むもの、ぐっと抱きしめるものなど、その姿態はさまざまであるが、実家近辺で見かけるものは、大抵、男女一対が手をつないだり、並んだりしている。 村人たちが五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄を祈願するもっとも身近な神として、具体的な男女像を祀ったものという素朴な解釈でいいのではないかと思う ・・・ 。

「安曇野(あづみの)」という言葉を聴くと、私なんぞは独特の「郷愁」というか、空気、匂い、風や空の色などまで含んだ故郷への想いを感じてしまう。それは故郷を離れた者の身勝手な想いといわれればその通りであるが・・・。

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安曇野は、長野県中部にある松本盆地のうち、梓川・犀川の西岸(押野崎以南)から高瀬川流域の最南部にかけて広がる扇状地全体を総括している。語源は古代にこの地に移住してきた海人族「安曇」氏に由来する。安曇氏はもともと北九州の志賀島周辺を本拠地としていたが全国に散らばっていった。穂高神社は信濃の安曇郡に定住した安曇氏が祖神を祀った古社であり、志賀島から全国に散った後の一族の本拠地はここだとされる。「安曇野」が指し示す範囲としては、明確に画定された線引きは無いが、概ね安曇野市、池田町、松川村の3市町の他、さらに松本市梓川地区(旧・梓川村)、大町市の南部(常盤・社地区)まで含まれることもある。古くは安曇平(あづみだいら)と呼ばれていたが、臼井吉見の小説「安曇野」によって有名になり、この名称が定着した。(Wikipedia参照)

母校の大先輩でもある「臼井吉見」氏の小説「安曇野」は、激動の明治から昭和を描く本格的大河小説である。オリジナル全五巻を実家に持っているが、この大長編、読み通すだけの覚悟と気力、体力が未だ湧いてこないのだ ・・・ 。

主人公は実業家の「相馬愛蔵・相馬良(黒光)」夫妻、彫刻家の「荻原碌山」、教育者の「井口喜源治」、社会主義者の「木下尚江」、そして終盤で登場する作者本人の母校の先輩、計6人。木下と良を除く4人の故郷である安曇野と相馬夫妻が東京本郷で起業した「新宿・中村屋」の物語に、作者の戦中戦後の回顧録を併せて、広く明治から昭和中期にかけての日本を描いている。

安曇野 全5巻セット限定復刊

臼井 吉見 / 筑摩書房



新宿・中村屋は、昭和2年喫茶部を開設するにあたり、インド独立の志士、ラス・ビハリ・ボースから教わった純インド式カリーを日本で始めて発売したという。独立運動のため英国政府に追われたボースは、大正4年日本に亡命、頭山満、犬養毅らが抗議や救いの手を差し伸べた。とりわけ中村屋創業者「相馬愛蔵・相馬良(黒光)」夫妻は中村屋の店でボースを匿い、やがてボースは相馬夫妻の長女・俊子と恋におち、結婚し、日本に帰化する ・・・・。それはまた別、もう一つの大河物語である。

自宅近くの中村屋のレストランで「純インド式カリー」を食したが、「恋と革命の味」のほか、ほのかに「安曇野」の味もしたような気がした。


キュートで、コケティッシュな白人美人ヴォーカリスト「スー・レイニー/Sue Raney」による「My Prayer」(私の祈り)。「ザ・プラターズ」で大ヒットした曲をしっとりとした情感で歌う。抜群の雰囲気でジャズ・ヴォーカル史に残る傑作は、雨をテーマにした詩情溢れる名盤「雨の日のジャズ/Songs For A Raney Day」。「Rainy」と「Raney」とをかけ、雷鳴で始まり雷鳴で終わるこのアルバム、1959年録音ながら古臭さはまったくなく良き時代のJAZZの香り溢れる名盤。

雨の日のジャズ

スー・レイニー / EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)



聴いてみますか? 「スー・レイニー」の「September In The Rain」。




ご存知、人気ピアノ・トリオ「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio」がおなじみのクラシックの名曲をJAZZ演奏したアルバム「天空のソナタ」から「乙女の祈り/The Maiden's Prayer」。

天空のソナタ

ヨーロピアン・ジャズ・トリオ / エム アンド アイ カンパニー

 
by knakano0311 | 2010-05-16 17:35 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)